苦しい。
開いたままの胸の傷が痛むから、ではない。
己の中に閉じ込めた「天」が、嘲笑っている様な気がするのだ。
お前にはどうせ、誰も、護れないと。そう笑っている様にさえ感じる。
なんと情けない事だろう。幾ら死の来訪を嗅ぎ取る事が出来ても、止めようと伸ばした手の隙間から命を取り落としてしまっては意味が無い。
目の前で命を失う痛みは、何度味わっても慣れる事などない。知らない誰かと出会う喜びが、何度覚えても慣れたりしないのと同じだ。
袈裟懸けに斬られた胸元を撫でる。失った命が感じた痛みはこの比では無いだろうが、死んで詫びる事も出来ないこの身体では、これぐらいしかしてやれない。
懺悔の言葉は失くした。使い古して、捨ててしまった。誰かのために流す涙も枯れ果てた。今の自分には、痛みを背負って歩く事しか出来ない。歩く事しか。
千切れたままでは歩けないからと、鳥によって半ば無理矢理繋げられた脚で、壁を伝いながら歩く。足元に出来る血溜まりに、眉根を寄せて不快感を顕わにする。
息をする度に胸が痛む。単に繋がれただけで傷も癒えていない脚は、一歩進み出る毎に血を噴出し、激痛を訴える。
それでも歩くのは、何故だろうか。
――帰るため、?
帰る場所など、ひとつしか思い当たらなかった。
親友などとは口が裂けても言えないが、気付けば共に居る、唯一無二の存在。
鳥が先に飛んで行き、扉の前で真黒な瞳をこちらに向ける。血を滴らせながら追いつくと、小さく鳴いて肩に収まった。彼に残されたたった一つの感情で、見上げてくる。
苦笑してその喉を撫でてやると、血に塗れた手で、ドアノブを掴み、押し開けた。
「お帰りなさい」
<天使>の、柔らかな声が聞こえる。一瞥と首肯で応え、一歩、光の中へと踏み込んだ。
熱で霞む視界に、馴染みのある顔を認めた。銀髪の奥に隠れた紫の瞳が、酷く不機嫌そうにこちらを睨みつけている。
視線が絡んだその一瞬、紫が暗く煌めいて、その例えようのない美しさに安堵した。
男が小さく唇を動かす。
――馬鹿が。
その一言が、どうしようもなく嬉しくて。思わず、笑っていた。
ふ、と、全身の力が抜ける。崩折れる身体を支えてくれた<天使>の腕の中で意識を失うまで、視線は、紫の瞳に絡めたままだった。
以前UPした「修羅の道」の数時間前、昇太郎視点で。
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