或る取りとめもない対話 「……おい」 「ん?」 「これは何だ」 「見て判らないのか。いつもの彼だけど」 「そうじゃなくて」 「ああ、そういえばしばらく前からジェリーフィッシュフォームにしてたな」 「そうでもなくて」 「壱番世界でセクタンは珍しいか?」 「ああもう面倒くせえなお前! なんでコイツが冷蔵庫の中で寝てるんだって聞いてるんだよ!」 「ああ。勘違いしないでくれ、彼の自発的な行動だ」 「嘘吐け。セクタンが自分から冷蔵庫開けて閉めるかよ」 「事実なんだから仕方ない。さっきおれが飲み物を取ろうとして開けた隙間から」 「……にゅるっと?」 「随分と可愛らしい擬音を使う」 「似合わなくて悪かったな」 「別に批判しているわけじゃないさ。……それで、ザウエルが冷蔵庫に籠もっていたら何か不都合なことでもあるのか?」 「いや、死ぬだろ普通に」 「おまえが?」 「何でそうなる。コイツに決まってんだろうが」 「セクタンが死ぬなんて話は聞いたことないけど」 「死なないとも限らねえだろ。育児放棄も大概にしとけよ」 「人聞きが悪いな。放任主義とでも言ってくれ」 「大差ねえよ。この状態じゃコイツ自力で出られないじゃねえか」 「だいたい次に開けるときには出て来るんだが」 「出て来ないぞ」 「寝ているんだろう」 「それで済ますなよ。っつかいつものことなのか」 「壱番世界ではな。ターミナルと違って気候が合わないんじゃないのか」 「だからって冷蔵庫に籠もるほどの気温か? 五月だぞ」 「さあ。どちらにせよ彼の自由にさせてやればいい」 「だからそれを育児放棄って……もういい」 「諦めたな。……それに、取り出したとき冷たくて心地良いのもあるかな」 「“取り出した”ってことはやっぱり自発的じゃないんじゃねえか」 「三回に一度は冬眠を叩き起こしてるよ」 「クラゲって冬眠するのか」 「海月じゃなくセクタンだが」 「冬眠しないってことには変わんねえよ。……割とヤバいんじゃないのかそれ」 「さあ。ときどき間違えて冷凍室に入ってることもあるし」 「誰が間違えるんだそんなの」 「……ふたりとも?」 「お前もかよ。つか凍ってねえかコイツ」 「出して放っておけば溶けるさ」 「そういう問題じゃねえよ! ……うわ、かってぇ」 「そこでちゃんと出してやる辺り連治は優しいな」 「誰と比べてるんだ誰と。……で、どうするんだよこれ」 「どうする、って……ソルベでもつくるか?」 「さらっと怖ろしいこと言ってんじゃねえ。よくコイツお前の相棒やってられるな」 「だからよくおまえの所に出向くんじゃないか」 「そう言う理由か!?」 「冗談だ。……ああ、起きてきたな。お早う」 「今食べようとしてた奴の態度とは思えねえ……って懐くな。貼り付くな。風ないんだから飛ばされようもないだろ」 「仲いいな」 「どこをどうしたらそうなる」 「素直な感想だよ。ザウエルがそんなに遠慮しないのも珍しい。おまえくらいなものだ」 「それ明らかに下に見られてんじゃねえか」 「気兼ねしないと言ってくれ。……ああ、ほらザウエルも同意してる」 「いや寒くて震えてるだけだろって冷てえ触んな! 凍傷になるだろ!」 「暖くらい取らせてやれよ」 「飼い主居るんだからそっち行けよ!」 「おれの身を慮ってくれてるんじゃないか?」 「なら俺なら良いのk頷いてんじゃねえよてめえも!!」 「はは、やっぱり仲いいじゃないか」 「ああもう分かったからせめてこっちを見て言え!」 推理小説の上。 入るセクタンと閉める飼い主、どっちもどっち。 PR Copyright © [ 無声慟哭 ] All Rights Reserved. http://asurablue.blog.shinobi.jp/ |