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オンラインノベルRPG「螺旋特急ロストレイル」の個人的ファンサイトです。リンク・アンリンクフリー。

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プロフィール
HN:
カツキ
性別:
女性
自己紹介:

ツクモガミネットに愛を捧ぐ(予定)のPL。
アクション・スプラッタ系のシナリオを好む傾向にあり。超親馬鹿。


当家の面子
鰍(カジカ):
コンダクター。私立探偵のはずだけど現状はほぼ鍵師扱い。銀細工とか飴細工が得意の兄さん。名前がコンプレックス。

歪(ヒズミ):
ツーリスト。三本の剣を携えた、盲目の門番。鋼の音を響かせて舞う様に戦う、人と同じ姿の異形。

灰燕(カイエン):
ツーリスト。白銀の焔を従える、孤高の刀匠。刀剣と鋼の色を愛し、基本人間には興味が無い。人として危険なドS。
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或る邂逅の後/いつかの花を幻視する


 何もないはずの虚空を見詰めていた君主が、唐突に言葉を発した。
「伯玉」
「……はッ」
 拱手の姿勢を崩さぬまま深く頭を垂れる。菫維、字を伯玉。生真面目を画に記したようなこの文官は、理解の及ばない事柄にことさら弱い。何故己が王の鋼眼に留まっているかさえ分からず、ただ萎縮する事しか出来ずにいた。
「そなたは猿真似が得意だったか?」
「……は?」
 問う言葉とは裏腹に、端麗な唇は穏やかに緩んでいる。その笑みは先程までの鬼気を払拭し、ただ優雅にして豪放なる高瑚の国王・武雷韻そのものだ。
「いえ、芸事は何も……」
「ああ、知っている」
 知っているなら何故問うたのか。居並ぶ将は誰一人として、王の真意を計れないでいる。
 雷韻は何かがおかしくてたまらない、とでも言いたげに唇を擡げ、肩を震わせながら、唖然とする将官達の前を悠々と過ぎ――玉座の間から立ち去った。

「董維殿も運が悪い」
 廊下を曲がったところで、不意に聴こえた伸びやかな声に立ち止まる。
「寧鵬か」
「己があんな進言をしたとは、夢にも思いますまい」
 振り返るその先で、長い黒髪が揺れた。
 長い髪を包むでもなく首元で括って垂らし、およそ正装とは思えない華服に身を包んだ男を、雷韻は鋼の目を細めて見下ろした。
 蔡芭、字を寧鵬。
 高瑚の軍師にして、雷韻が最も信頼を置く将と轡を並べる男だ。
「ではそなたは、あれを何と見た?」
「問われるまでもない。無謀者(フーライ)に決まっていましょう」
 何気なく問えば、確信に満ちた答えが返る。まるで、それが当然と知っているかのように。溶ける蜜に似て濃厚な色彩の瞳は、先程まで雷韻も追い続けていたただ一点を見据え揺らがない。
「そなたもそう思うか」
「御主君を前に、面と向かってあそこまで言える男など奴一人でしょうに」
 口振りは慇懃、しかし語調は笑み混じりの親しさを湛えて。
 不敵な金眼を君主へ向けて、男はくつりと喉奥で笑んだ。まるで愉快で仕方ないと言った風情。その傍らに空の酒瓶が転がっている事に今更気付いて、雷韻もまた笑む。食えない男だ。
「弔い酒が祝い酒になろうとは、そなたも思わなかったであろうな」
「まさしく」
 盃の上に残された最後の一杯を、恭しく差し出す。首を振ってそれを辞して、雷韻は今一度目の前の男を眺めた。小柄だが、鋭い猛禽のような俊敏さを備えた佇まい。脳裏に思い描く白虎とはまた違う、美しい男。譬えるならば鳳凰か、金烏か。
 西国の戦場には、鮮やかな華が咲く。
 虎の尾の如き長い髪を翻し、数多の血を迸らせて赤く濡れる、高潔な獣を華と初めに譬えたのは誰だっただろうか。無数の鈴の音を纏い、豪放に剣閃を揮う異国の白虎が苛烈に戦線を切り拓いていく様は、いつしかそう呼ばれるようになっていた。戦場の華、猛猛しき雷鳴と。
 そして、その隣には常にこの男が在る。戦場においてのみ活き活きと輝き吹き荒れる、純然たる乱世の風が。
 彼と共に駆けることのできる男を羨む気持ちはあれど、男でなくばそれが叶わぬだろうことも知っている。影馬に乗って戦場を軽やかに駆け回り、即興の旋律のように策を編む、変幻自在なこの軍師でなくば。
 乱世の風と戦場の雷とが縦横無尽に駆け抜ける様を脳裏に描き、雷韻は思う。願わくば、あれをもう一度目にしてみたいものだ、と。――そして、それはきっと叶わぬ夢ではないのだろうとも。
「憑くならば、俺を選べばよかったろうに」
 ぼそりと呟いた声。そっぽを向いたその横顔が、何処となく拗ねた童子にも似て見えて、雷韻は苦笑して眉を下げた。
「そなたの言葉であればあれほど効き目はなかったろう」
「俺の言葉は信ずるに値しないと?」
 試すように向けられた琥珀の瞳を、肩を竦めて受け流す。
「否。おそらくはそなたの言葉として受け取っていた。……そなたとあやつはよく似ている故な」
「勿体なき御言葉」
 男はそれを世辞として受け取ったのだろう、慇懃に拱手し、口端を擡げて皮肉に笑む。――だがそれは、純然たる事実だ。
 阮亮道が戦場を駆ける苛烈な雷光ならば、蔡寧鵬はそれを轟かせる峻烈な風鳴だ。『西方の赤き烈玉』が誇る戦の華は、どちらが欠けても存在し得ない。
 衣裳を翻して、矢のように声を引き絞る。
「東征を再開する」
「は。――あれが戻ってきたとき、何も変わっていないようでは笑われますな」
「だからこそだ。白虎の穿った大きな穴、開くならば今」
 鋭い主君の物言いに、王としての威厳を取り戻した彼に、拱手を止めぬまま、蔡芭は深く深く項垂れる。衣擦れの音と共に、鮮やかな紅玉の残影が回廊を往く。

 立ち去り際、無数の鈴の音が落ちる。
 それを耳にして、蔡芭は笑った。懐かしい音色だ。
 顔を上げる。玉座の間の喧騒だけが、耳に残っている。
 最後の一杯を虚空へと掲げ、そのまま飲み乾した。




プラノベ【邂逅回廊】のその後、高瑚にて。
戯れに帰還した白虎を捉えた、ただ二人の会話。



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