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オンラインノベルRPG「螺旋特急ロストレイル」の個人的ファンサイトです。リンク・アンリンクフリー。

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プロフィール
HN:
カツキ
性別:
女性
自己紹介:

ツクモガミネットに愛を捧ぐ(予定)のPL。
アクション・スプラッタ系のシナリオを好む傾向にあり。超親馬鹿。


当家の面子
鰍(カジカ):
コンダクター。私立探偵のはずだけど現状はほぼ鍵師扱い。銀細工とか飴細工が得意の兄さん。名前がコンプレックス。

歪(ヒズミ):
ツーリスト。三本の剣を携えた、盲目の門番。鋼の音を響かせて舞う様に戦う、人と同じ姿の異形。

灰燕(カイエン):
ツーリスト。白銀の焔を従える、孤高の刀匠。刀剣と鋼の色を愛し、基本人間には興味が無い。人として危険なドS。
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或る日の探偵事務所・参


 二枚並んだカードは、片方が裏を向き、もう片方が数字を見せている――ダイヤのエース。裏面は白と黒の市松模様に、四隅にグレーで流麗な模様の刻まれた非常に美しい仕様をしており、いつまでも飽かずに眺めていられるほどだった。連治が常に持ち歩いていると言うデックのそのデザインは、彼によく似合っている。
 おもむろに伸びてきた指が、裏を向いていたカードをひっくり返す。フェイスを見せたその一枚がクラブの7である事を視認して、ムジカは静かに眉を持ち上げた。
「……さて、どうする?」
 そして、対峙する連治へと問いかける。
 腕を組み、成り行きを見守っていた彼の前にも、カードが二枚、表裏で置かれていた。均等に並んだ黒の記号、スペードの7に目を向けて、いびつに唇を曲げる。
 伸るか反るか、この一声で勝負が決まる。
 しばしの沈黙、勿体ぶるように間をおいて、連治は身を乗り出した。
 だが、それよりも早く、横から伸びてきた無骨な手先にカードを捲られてしまう。
「あ、おい鰍お前!」
「何そんなに悩んでんのさ。ムジカさんの数字は8だろ? 普通にめくって負けはないと思うんだけど」
 近未来の暗号本と格闘していたはずの鰍にゲームを強引に決められ、連治は不機嫌そうに眉を寄せる。表を向いたカードはハートの5。先の手札と合わせ、合計で12だ。
「ほら、連治の勝ち」
「……あのなあ、お前それ本気で言ってる?」
 あっけらかんとそう言う鰍に、ますます不機嫌そうな色を募らせる。その正面ではムジカが笑いをこらえるように俯き、肩を震わせていて、鰍はただ首を傾げるだけだった。
「何、俺なんか間違えた?」
「鰍、ブラックジャックではA(エース)は11として数えるんだ」
「え」
 笑み混じりの種明かしに、鰍はぽかんと口を開いたまま二人を見遣る。楽しそうなムジカに、苦々しい顔の連治。ある意味ではいつも通りの状況だが、この空気を創り出したのが他ならぬ自分とあっては、さすがに居心地の悪さを禁じ得ない。
「ってことは、えーと……」
「……11と7で、18だ。向こうの手札は!」
「――スミマセンでした!」
 項垂れ、掌で顔を覆っていた連治が噛み付くように叫んだのに、思わず叫び返してしまう。条件反射のようなテンポのいいやり取りに、一人楽しげなムジカの笑みが一層濃くなる。
 一度手札を開いた以上、勝負は覆らない。
「大体お前エースの役割も知らずにブラックジャック提案したのか!? 有り得ないだろ!」
「そんな本場のルール俺が知るかよ!? この間だってポーカーのルール知らなくて恥掻きかけたわけだしそれくらい見逃してくれよ!」
「お前が知らなくて損するなら知ったこっちゃないがな、俺にまでそれを押しつけるなって言ってんだよ!」
「だからそれはスミマセンでしたってば!」
 怒鳴り合いは、次第に口論に発展していく。暗雲が立ち込め始めたのを見計らい、ムジカは鰍の前に置かれていた暗号本を手に取った。
「ひとまず落ち着け、ふたりとも」
 穏やかで冷涼な、場にそぐわない声をかける。鰍が解き残していたであろう暗号文の続きを入力し、一度問題文をクリアして、青い『0』の文字――次の暗号への鍵をつまみ上げた。
 肩をいからせ睨みあっていた二人の視線が、一斉にムジカへと向けられる。
「……ムジカさんは何してんの」
「連治が解きたくないならおれが解こうかと思って。特に構わないだろう?」
 微笑み、それを飄々と受け流す。どんな場においても動揺する事のない彼の態度は美しく、独特な雰囲気を纏っていて、二人は思わず毒気を抜かれてしまった。
「構わない……っつか、有りかよ、それ……」
「俺ら何のために勝負してたの今まで……」
 鰍がそうぼやいたのも無理はない。と、思う。何しろ彼らは、誰が問題を解くか否かをかけてブラックジャックの勝負をしていたのだから。
 踊る人形の暗号を解いた辺りから暗号本への熱意が皆一様に薄れ始め(最初から無かった者も一名居たが)、しかしかと言って途中で放り投げるのも釈然としない、その狭間でしばらく本を放置していた時に、連治が手荷物からトランプを取り出して言ったのだ。一人が解読している間に、残り二人が次の出番を巡ってカードで勝負すればいい、と。
 二人勝負でブラックジャックを提案したのは鰍で、特にこれと言って熱意もなく、しかし嫌気も差していなかったムジカは微笑み了承した。それから、一人が暗号と戦う傍らで二人がカードを繰る、なんとも奇妙な光景が出来上っていたのだ。
「さすがに全部解けと言われたら遠慮するけど、たまにならこう言うのも悪くない」
「……ああ、そういやほとんど負けなしでしたっけ、あんた」
 何処となく憔悴した様子の二人に比べ、特にムジカの顔に疲れが見えないのは、彼がトランプ勝負に対して異様な強さを見せていたからだろう。ディーラーでありながら初めから20または21を引き当て、対戦相手を意気消沈させた事も一度や二度ではない。
 よって必然的に、謎を解く役は鰍と連治の二人で回さなければならなくなり、二人にかかる負担も不思議と増え続けていた。特に鰍は、しばしばすぐに答えに詰まり、隣でトランプを繰る二人の助太刀を求める事が多かった――そして、それに応えるのは大抵連治だったりしたのだが、閑話休題。
「ところで、今何問まで解いた?」
 手の中で小さな『0』を弄びながら、ムジカは鰍に問う。鰍は首を捻り、記憶を辿る素振りを見せた。
「えーと、五十二、まで行ったっけ? ……ってかそこに並んでる数見ればわかるでしょムジカさん」
「面倒だ」
 至極当然の指摘を、からからと笑って切り捨てる。
 その横暴な仕種に呆れ、このひとこう言う人だっけ、と視線だけで連治に問えば、諦めたような嘆息だけが返ってきた。――こう言う人だったらしい。
「それで? おれが解いていいのか、連治?」
「――この野郎……!」
 挑発するように顔を傾けて微笑みかけるムジカを、眼鏡の奥の瞳が睨み上げる。連治は一度忌々しげに顔を歪ませた後で、ムジカの持つ暗号本と青い鍵をひったくるようにして奪い取った。小さな『0』の文字を見失わぬように、大雑把だが繊細な動きで書面へと嵌め込む。小指に嵌めた市松模様のリングが、青い光を映して煌めいた。
 書面の上で、鮮やかな燐光が燈り、ほどけるように青が散る。踊る数字が零れおちて、書面の上に、短い文章を残して、大気へと溶けて消えた。
 比較的高い所に、短い一文。
『Let me put a question to you』
 最早定番ともなっている、制作者からのメッセージ。
 その先に広がる暗号文に目を通し、連治は一度眉を跳ね上げた。
 何が映っているのかと覗き込もうとした二人の目の前で、書物を乱雑に閉じる。
「あ」
「いいのか?」
 二人の不審げな声に肩を竦めて応えつつ、書物をテーブルの端へと追いやった。その顔には焦りも、不機嫌さも見られない。ただ凪いだ湖面のような、静かな色が広がるだけ。
「状況(データ)は記憶される。いいだろ、今くらい放っといて」
 そして、机上に散らばる市松模様を拾い集める。長く滑らかな指が慣れた仕種でデックを整えて、裏向けたそれを連治は鰍へ差し出した。
「一枚取れよ」
「……え、どゆこと?」
 先程までの不機嫌さとは打って変わって、その剣呑とした顔に浮かぶのは、不敵なまでに鮮やかな笑み。親指をデックの上に、そして掌と残りの指で全体を包むように持ち、奇術師は首を傾げる。親指を僅かに動かすだけで、五十三枚のカードは鮮やかな扇状に広がった。
「この俺がわざわざ手品見せてやろうって言ってんの。好きなカードを取れ」
 眼鏡の奥の瞳を、挑むように眇める。いびつな表情はそれでも醜さを感じさせず、アシンメトリーに映える。
「……まさか、暗号解けなかったとか」
 見慣れた男の見慣れない華やかな所作に、思わずそんな疑惑を向ければ、一度顔を顰めて「んなわけないだろ」と否定される。その仕種がいつも通りで、安堵か呆れか判らない感情と共に笑みを零す。
 そして、指を伸ばし、促されるままに一枚、市松模様を引き抜いた。
「カードは見ていいの?」
「ああ。俺に見えないようにな」
 ダイヤのエース。先程話題に上った一枚がちょうどよく彼の元に現れて、鰍は驚きを顔に出しそうになり、慌てて堪えた。
 次いで、カードを軽く切り混ぜて――その動作ひとつとっても、素人のトランプ裁きとは全く異なる鮮やかさだ――、同じように連治はムジカへと扇状のカードを差し出す。今度は何も言わずとも、ムジカも微笑んで一枚引き抜いた。
「お前は見るなよ」
「駄目か?」
「駄目だ。で、鰍は山にカードを戻せ」
 とても奇術師とは思えない不遜な物言いとともに、再び目の前で開かれた扇。一枚一枚の間隔が均等で、変に飛び出したものも引っ込んでいるものもない。あまりに美しいその形を崩すのが忍びなく、小さく躊躇していると、また不遜な声で促される。
 ダイヤのエースを加えた五十二枚が、連治の手の中に収まって、彼はそれを再び鮮やかな手際で切り混ぜ始めた。二枚の山に分け、テーブルに置いて、山の端と端を噛み合わせて、一気に混ぜる――いわゆるリフトシャッフルとやらも、流れるようにこなしてみせる。ドーム状に組み合わせられたカードが軽快な音を立てて落ちていく。
 所作の一つ一つが観客の目を惹き、その裏でどんな細工をしていたとしても気づかせないような、鮮やかな動き。まるで、それ自体が魔法のような。
「お前も切っていいぜ」
 茫然と魅入っていた鰍へ、不意に市松模様が差し出される。それを受け取って、先程見た動きには到底及ばないながらも、何とかまごつく事無く切り混ぜる。種の仕込まれているであろうデックを観客に切らせるのは、奇術師の絶対の自信の表れだ。
 切り終わったデックを手渡せば、連治は一度、鮮やかで不遜な、美しい笑みを咲かせた。唇を弧のように曲げ、眼鏡の奥の甘い色の瞳を歪ませる、彼独特の笑みを。
「さて、御覧あれ」
 そして、芝居がかった仕種で片手を胸に当て、ひとつ頭を下げる。
 もう片方の手に持ったカードの山を、フェイスを上にしたままテーブルに置いて、なめらかな動きで滑らせれば、カードは見事な帯を描いて披(ひら)かれていった。
「おお」
「見事だ」
 端的な讃辞に、視線を持ち上げて少しだけ笑む。
 赤と黒の図柄が入り混じった五十二枚の帯の中で、一枚だけ白と黒の市松模様を晒すカードが見える。連治の長い人差し指がそれを指し示して、ちらりと意味有りげに鰍を見遣った。
 互いに無言のまま、促されるままにそれを手に取る。テーブルの上を滑らせて、表へと返せば――其処に現れるのは、赤。ダイヤのエース。
 目を瞠る。
 鰍のその動きだけで全てを悟ったらしく、安堵にも似た形に目を細めて連治は一層笑みを深くした。
「当たりだろ?」
「……うん、見事に」
 悔しいが、そう答えざるを得ない。
 鮮やかな奇術師の業(わざ)への称賛と、見事に手の内に嵌められた悔しさとが募り、しかし結局は彼への称賛が勝った。ムジカにつられて、惜しみない拍手を送る。
「ステージじゃないんだ、別にいいよ」
 奇術師としての仮面を脱ぎ、連治は照れ混じりに唇を曲げる。鰍から預かったダイヤのエースをデックに戻して、軽やかに切り混ぜつつソファに身を預けた。
「……それで、連治?」
「ん?」
 おもむろに、ムジカが口を開く。
「暗号の中身は何だったんだ?」
「……今更蒸し返すかよ」
 テーブルの端に追いやられた、近未来の暗号本――今はただの古めかしい辞書にしか見えないそれを、指し示して問えば、連治は顔を顰めて応えた。
「蒸し返すも何も、おれたちの意識をそこから逸らしたくてこんなことをしたんだろう?」
「え、そうなの?」
 頓狂な声を上げる鰍に、微笑んで頷く。
「奇術師の技術の一つだ。本当に大切な所から目を逸らす為に、観客の視線をわざと一カ所に集める」
「ほんっとーにお前はやりにくいな……!」
 苦々しくそう吐き棄てて、髪を掻き混ぜた連治が、暗号本を手に取った。二人の前へと差し出して、再びその書面を披く。青白い燐光が散って、書面の上に文章が顕れる。楽しそうにそれを覗き込んだムジカは、一目見ただけで成程、と頷いた。
 そこには、詩によく似た短い文章が綴られている。

 四の季節、
 十三の月、
 五十二の週、

 私はその全てから弾かれた。

「……これは?」
 ムジカのようにピンと来るものもなく、鰍は問う。この文章が指し示すものは何か、恐らくはムジカも、連治も、既にわかっている事だろう。
「だからな――」
 言いかけて、書面の隣に、連治は何故か先程まで切っていたトランプを置いた。均等に四つに切り分けて、四角に並べる。そして、言葉と共にそれらを裏返し始めた。
「四の季節は、四つのスート」
 ハート、ダイヤ、スペード、クラブ。綺麗に四種類揃ったエースが現れる。
「十三の月は、十三の数字」
 それらをひとつひとつ、帯状に披(ひら)けば――スプレッド、と言うのだそうだ――、そこにはAからKへ、スートごとに並べられた図柄が揃っている。
 茫然と魅入られる鰍の横で、喉を鳴らしてムジカが笑う。
「五十二の週は――」
「……五十二枚のカード」
「御名答」
 再び奇術師の笑みを咲かせて、連治は言う。披かれた十三枚のカードが四種類、合計で五十二枚のカードが、ひとつの欠けなく彼らの前に揃っていた。
「なら、『その全てから弾かれた』ってのは」
「この子だろう」
 信じられない、とでも言いたげな面持ちで顔を上げる鰍の言葉を、ムジカが引き継いだ。その手には市松模様の裏面を向けたカードが一枚。先程、連治が回収せずにいたものだ。
 長くしなやかな指の上で、カードがゆっくりと回転する。
 ――顕れたのは、奇妙な衣装に身を包んだ、笑み混じりの道化師。
「Joker、か……」
 茫然と、鰍の口から呟きが落ちる。それを正解と見て、披かれたままの書面が鮮やかに青い光を放った。
「随分と回りくどいことをする」
「これくらい格好付けさせろよ」
 言い合う彼らの前で、光は収束する気配も見せずに立ち上がった。
 青が高く立ち昇り、0と1の数字の群れが螺旋を描くように躍る。今までにない光景だ、と、連治のみならず、その場にいた三人は驚きに目を瞠らせる。天井まで届くほどに高い光は強く青く輝いて、彼らの視界を染めた。
 その中央に現れたのは、青い衣装に身を包んだ道化師。
 笑みの仮面を貼り付けたまま、三人に優雅な一礼を送る。
 どこか満足そうな様子で、彼は身を翻すと蒼い光の中に消えた。0と1とが踊る中に、現れた時と同じ唐突さで溶けた。
 そして、それと共に、光が収束する。青く白い色が散って、零れるように爆ぜる。踊る数字が空気に融けて、ほどけて消える、そこにはもう、何もない。――何も、なかったのだ。
 先程までは確かにあった、机上の青い古書が跡形もなく消え失せていた。
「……今のが、最後の問題だった、って事か」
 唸るように、連治は呟く。
 長く滑らかな指先が、古書のあった場所をなぞるように動いて、ふと曲がる。道化師のカードをそこに宛がうように置けば、絵の中の彼が一度、笑って見せたような錯覚だけが残った。






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