或る戯れの生 足元で、煤と化した黒い物が小さく身動ぎをする。或いは痙攣で在ったかも知れないそれに、男が金の瞳を降ろして興味を向けた。未だ息が在ったか、と感心する男の耳に、灼熱に焼かれる呼気と、おに、と罵る言葉が聴こえた。 片眉を跳ね上げた男の眼前を、一筋の焔が駆け抜ける。 断末魔の罵倒すらも許さぬ、と言った苛烈さで、部屋を覆い尽くす白銀が足元の煤をも呑み込む。灰の一撮みまでも遺す事を赦さず、激情の白い焔はその勢いを増した。 「白待歌」 唇に緩い苦笑を刷き、身の内に飼う白銀の名を唱えれば、視界を覆う美しい焔が歓喜に躍る事で応えた。男に温度を感じさせぬ風が、白い髪を浚って行く。 「何を憤っとるんじゃ、お前は」 『灰燕様、しかし――』 返る声は、未だ憤慨と当惑に揺らいでいる。それを喉の奥で笑い、虚空に掌を伸ばせば、焔の一群が伸びてその甲を覆った。恭しく触れる熱無き焔を掌に掬い、徐に口元まで誘う。ゆらり、と蠢いた白い視界を敢えて気にする事無く、掬った一欠片の輝きを口に含み、嚥下した。 噫、と銀の吐息が零れる。かいえんさま。名を呼ぶ声は、甘く惚けた響きを伴っていた。 甘味も苦味も、食感すら持たぬその焔は、しかし口にした者に極上の恍惚を与える。美しくあえかなその白銀を口に含むことは愚か、触れることすらも赦されているのは己のみで、その己もまた、白銀の色彩以外にこの身を灼くことは赦さない。この捻れた、排他的とさえ言ってよい関係を何と呼ぶのか男には判断が付かず、ただ身を撫でる焔を甘受する。 ――先程の死体は、彼を鬼と呼んで罵った。男の妖がそれに憤ったのは明白で、しかし男にはその理由が解せなかった。 自らを人と思った事など、ただの一度もない。 己は人間道に戯れに放り出されただけの、餓鬼か、或いは修羅だ。鬼と呼ばれる事を厭う必要など、何処にもない。 「……鬼で充分じゃろうが。人の世の道理に振り回されるなんぞ、煩わしゅうてしゃァない。違うか?」 『――いいえ、我が君』 喉を通り、身の内で白銀の焔がゆらゆらと彷徨う。決して男を灼く事の無いその熱を、湧き上がる衝動と共に愛おしいと思う、ならばこれは愛情とでも呼ぶのだろうか、と男は不意に考えて――唇を歪め、自嘲した。 PR ※ Comment
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