視線を上げた。
額から流れ出す血で、視界が赤く染まっていく。
何かを言おうと口を開いても、零れるのは血反吐ばかり。咳き込みと共に全身を激痛が走り、しかし絶叫も上げられないまま、頬が引き攣る。
声を紡ぐための喉は、掻き切られていた。頚動脈を切断され、千切られた四肢があちこちに散らばっている。
最早人間とは呼べないような姿で、それでも尚生きている自分はやはり狂っているのだろう。
赤い視界の隙間から、彼は自分を取り巻く世界を睨め付けた。怒りからではない。それは寧ろ、懺悔にも似た、灰色の感情。
累々と積み重ねられた屍。血と肉片とで構成された地面。護れなかった、沢山の命。
目にする度に、灰色の感情が彼の胸を満たし、膨張し、引き裂いて咲き乱れようとする。それを吐き出す為に、声を紡ぎたかったのだが。切り裂かれた喉では、それも叶わない。
本来ならばこの感情を表すのに、言葉も、声も、必要ないのに。ただ、涙を一筋流せれば、それで事足りるのに。
涙腺など、とうの昔に枯れ果てている。だから、声を紡ぐしかないのに。
泣き叫びたい。この胸を掻き毟り、引き裂きたい。屍に走り寄って、抱き上げて葬ってやりたい。なのに、それをする為に必要な肉体は、全て欠けていた。今の自分にあるのは、思考する頭と、五感。ただそれだけ。
放つ事も出来ない感情は彼を内側から苛む。いっそ、爆ぜてしまえばいいとさえ思う。
――Zwarrrrrr…
鳥が、低く鋭い美しい声で、ないた。
しかし、切断された頚動脈も、千切られた四肢も、再生しない。
――お前が望むなら、俺は何もしない。其処で好きなだけ腐っていろ。
昏迷する意識の中に飛び込んできた、言葉。随分な言い方だな、と呟いたが、声にはならなかった。代わりとばかりに、口元を僅かに吊り上げる。
吊り上げた頬に、一粒冷たい雫が落ちた。表情筋がピクリ、と痙攣する。
雫は次々と落ちて来て、色褪せて固まった血を洗い流していく。濡れた感覚を気持ち悪いと思いながらも、それを拭う腕は無く。勢いを増す雨に、ただ成されるがまま。
思考が、途切れていく。やはり、頚動脈を切断されては生きていけないらしい。死を目前にしながらも、彼の心はただ灰色だった。どうせすぐに再生する事を、知っていたから。目を閉じて薄く微笑む。雫の音が、聴覚を撃つ。
止め処なく流れるその雨が、枯れたはずの己の涙であれば良いと、思った。
修羅の涙が、屍の大地に降り注ぐ。
語る言葉と涙を失くし、修羅はひたすら泣きじゃくる。
PR