天使は、焦点の定まらない瞳を掃除屋に向けた。 その瞳に、掃除屋は違和感を覚える。「映画」の中での天使は、こんなに暗い瞳をする青年ではなかった。常に飄々と微笑み、仕事――神の監視など放っておいて本屋に入り浸る不良天使、それが映画での彼の役所の筈だ。 同じ俳優が演じた、違うムービースターだろうか。 しかし、無駄のない見事な上半身を晒す彼の背中には、見覚えのある傷痕があった。映画の中で見た記憶がある、彼が天使である証。 掃除屋は溜息を吐いて、口を開いた。 「――映画以来だなァ、天使?」 「……てんし、」 天使は呆然としたまま、鸚鵡返しに掃除屋の言葉を繰り返した。言葉の意味を理解できていないのだろうか。 「ん? それとも、狩野 亮祐が演じた他のキャラクターか?」 紫煙を吐き出し、口角を吊り上げた不敵な笑みで問う。唐突に出された名前に、青年は何の反応も示さない。役者本人説は、消えた。 虚空を見上げ、天使は逡巡する。ややあって、視線を掃除屋に戻した。 その瞳が不適に微笑んでいるのを見て、掃除屋は安堵の微笑を零す。これこそ、青年のあるべき姿だ。 「……いや、おれは<天使>さ。……あんたの知っているおれと同じかは、わからないけど」 PR ※ Comment
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