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オンラインノベルRPG「螺旋特急ロストレイル」の個人的ファンサイトです。リンク・アンリンクフリー。

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プロフィール
HN:
カツキ
性別:
女性
自己紹介:

ツクモガミネットに愛を捧ぐ(予定)のPL。
アクション・スプラッタ系のシナリオを好む傾向にあり。超親馬鹿。


当家の面子
鰍(カジカ):
コンダクター。私立探偵のはずだけど現状はほぼ鍵師扱い。銀細工とか飴細工が得意の兄さん。名前がコンプレックス。

歪(ヒズミ):
ツーリスト。三本の剣を携えた、盲目の門番。鋼の音を響かせて舞う様に戦う、人と同じ姿の異形。

灰燕(カイエン):
ツーリスト。白銀の焔を従える、孤高の刀匠。刀剣と鋼の色を愛し、基本人間には興味が無い。人として危険なドS。
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或るミステリの発端/すくわれたのは、


 この部屋には時計がない。
 見渡す壁には日付を示すものもひとつとして置かれていない。
 そもそもターミナルの空は一日を通して色を変える事がなく、窓の外に広がるのは乳白色の濃霧と青い空ばかり。不夜城の暴霊街よりも明るく、幸福な浮島よりも秩序的な、時の止まった世界だ、ここは。だからそこに永遠に囚われる事となった私にも、本来は時間など必要ないのだろう。必要、なかったのだろう。
 それがどうだ。
 籠る乳白色の霧を見て、射し込む青い光を眺めて、私は常に時間を気にしている。
 ――毎日同じ時間に訪れている、と。
 あの男は戯れに私にそう言った。悪戯な緑灰の双眸を色硝子の奥に隠したまま。
 私にはそれが事実なのかを確かめる術さえない。それが歯痒いのか、苛立たしいのか、それさえもわからなくてまた腹が立った。
 ふと視線を降ろした先には、地面が遠く見える。
 褪せた色の煉瓦で組まれたその橋は大きく、この塔と外界とをつなぐ唯一の路だった。私はよく、暇を明かしてはそこから出入りする人の姿を眺めていた。この塔に面会に訪れる人間など日に一人二人居るかどうか、と言った所だったが。
 霧の中にあっても尚煉瓦の形を見てとれる橋の上は、私にとっては珍しく新鮮な“動”のある光景だったのだ。
 ――それが今や、煉瓦よりも鮮やかな色に彩られている。
 目を射るような赤。
 自分の中にも流れているものだと言うのに、最早見るのも懐かしい。一時期は見慣れ、見飽き、辟易すらしたものだが、こうも遠ざかると一週回って魅力的にすら感じるものか、と私は何処か他人事の様に感嘆した。実際他人事だ。
 橋の上に無残にも放置された死体。
 いつからそれが在ったのかも定かではない。
 熟れたトマトの様に潰れた頭は、私の居るこの場所よりも高所から落ちたと言う事を雄弁に告げているし、死体の衣服は彼がこの塔の看守である事を物語っている。それを把握して、私は落胆だか安堵だかわからない感慨を覚えた。
 あの、赤に塗り潰された髪の色が焦げ茶でなかったのなら。
 柔らかな白金の、絹糸の様に細やかな髪であったなら。
 果たして此処で私は何を思う事ができたのだろうかと、そればかりを考える。
 耳が痛くなるほどの無音を、不意に足音が破った。徐々に近付いてくるそれを聞き間違える筈もない。
 ドアが開き、軋む音が静かな室内に響く。

「待っていた」

 面会室に現れた相手の姿さえ確認せずに、そう言い放ってやる。
 確認の必要など無い。そもそも此の場所に訪れる様な酔狂な人間はたった一人で、私の世界を狂わせている憎らしい存在もたった一人なのだから。
 扉の前で相手が足を止めた。私の殊勝な言葉が珍しかったのか、と其処でようやく目を向ける。
 淡い色の髪を無造作に流した、瀟洒な男の姿がそこに在った。
 サングラスの奥の緑灰の双眸が、僅か驚いた様に見開かれている。
 男を出し抜けた事に微かな愉悦を感じて唇を歪めれば、また訝しげに眉を跳ね上げた男が、しかし次いで笑みを浮かべた。硝子越しだというのに、ふと冷涼な風が吹き抜ける様な錯覚さえ感じる。この男の微笑は昔から、何処か目を惹かれる魅力を備えていた。
「珍しく素直だな」
 そして返される、予想通りの言葉。
 素直とはどういう意味だ、と問うのも馬鹿馬鹿しい。私は一笑に伏し、淡い色彩の髪を揺らして首を傾げる男から視線を逸らす。
 ちょうど私が此処に囚われ始めた頃だろうか。
 (彼にしては珍しく)執心していたふたつの世界との縁を切り、男は鮮やかな珊瑚色をしていた髪を染めるのをやめた。そうして現れたのはこの、微かに色づいた白金で、私は幾分か驚いたものだった。これほどに美しい色をどうして染めてまで隠していたのか、やはり解せない男だと。
「見てみろ」
 私は窓から身体を離し、壁に背を預けて腕を組む。
 そして顎で指し示してやれば、男は好奇心に忠実に、示されたもう一つの窓へと近付いた。面会者と囚人、硝子で仕切られた二つの空間にそれぞれ配置された、同じ方向をむいた二つの窓。その一つに私が背を向け、その一つを男が覗き込む。
「死んでいる」
 淡々と、驚きも恐怖も無く男はそう言った。私もまた、その反応に然して驚きもせずに応じる。
 私達にしてみればごく自然の事だった。二人行動を共にしていた頃、(私の巡り合わせか男の引力かは知らないが)よくよく死体の出る事件に遭遇する事が多かったのだから。それは壱番世界であったり、ターミナルであったり、インヤンガイであったり、――ブルーインブルーであったり、世界の壁など存在しない様に我が物顔で私達を巻き込み続けた。
「言っておくが、俺はやってないぞ」
 間違いなく投げられるであろう問いを先回りして潰す。百年という途方もない時間が経過して尚、男の中にこの種の信頼は存在していないと言う事を誰よりも私がよく知っている。
「おまえなら出来そうなものだが」
 そう、こんな風に。
 ひどく穏やかに、中傷だか皮肉だか期待だか判らない言葉を投げて、微笑むのだ。この男は。
 溜め息を落とす。
「生憎、独房の外の誰かを殺せるなら、真っ先に殺すと決めている相手がいるものでな」
「そうか。妬けるな」
 ――あまりにも自然と会話の中に潜り込んできた言葉に、思わず反応を返し損ねてしまった。
 幾度か瞬きをした後に男を見遣れば、当の本人は相変わらず窓の下に広がる赤に目を奪われている。まるで今自分の言い放った言葉になど頓着しないとでも言うかの様に。
 私はまた一つ溜め息を吐いた。
 無意識の、そして心からの言葉である事が判っている分、性質が悪い。
 男が窓から顔を離し、サングラスの隙間から横目に私を見る。
「……それで?」
 微笑みながら男の放った言葉に、私は眉を持ち上げる。声で答えるのも面倒だと言う意思表示を正しく受け取って、男は肩を竦めた。
「おれが来るまでずっと眺めていたんだろう。何を考えていた? ――カメラがあればよかった、とでも?」
 男の手元には私がかつて愛用していたものと同じ機種のカメラ。まるで恋人の様に、手放さぬのだと気紛れな風の噂には聞いていた。それが何を意図しているのか私は知らない。知りたくもない、と忌々しく思う。
 これ以上対峙しているのも億劫になって、窓の外を見下ろす。
 鮮やかに広がる赤を。
 懐かしい、私と男との日常を思い起こさせる色を。


 ――ちょうど、あの死体の様に。


 お前を赤で塗り潰して殺す事だけを考えていたと、そう言ってやる事が出来れば、

 果たしてすくわれるのだろうか。



 その白金が赤に染まるのを見届けて、
 私の鎖された世界も完結するのだろう。



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