或る独房の対話 「……それで? これをおれに読ませてどうしたいんだ」 「……」 「おまえなら知っているだろう、おれがミステリなら何であれ厭わずに読む嗜好だと。批評が欲しいのなら、残念だが人選ミスだと言わざるを得ない」 「そんなものは求めてない」 「何ならばっさりと切り捨ててくれそうな人物を紹介するが」 「止せ」 「なら何故? おまえなら、おれにだけは死んでも読ませたりしないと思ったのに」 「……ここまで来る物好きはお前しか居ないだろう」 「ああ……成程。そういうことか。成程な」 「笑うな」 「笑ってないよ」 「黙れ」 「黙るさ。そろそろ時間だ」 「そうか。とっとと帰れ」 「ああ。――面白かったよ」 「……」 「おまえにとっておれはこう映っていたのかと、新鮮な気分だ。おまえの眼はいつもカメラのレンズのように無情で、おれになんか関心ないように見せていたのに」 「関心はなかった」 「だろうな。だが殺意はあった。――残っていた、というべきか」 「忘れたくても忘れられるものじゃない」 「だからさ。それだけ強くおまえの意識に焼きついたという事だ。おそらく、それが嬉しいんだろうな」 「……」 「それじゃ、また来るよ。次は何を読ませてくれるのか、楽しみにしている」 「……ああ」 ひとつだけ嘘を書いた。 奴と俺の関係はまだ続いている。 PR Copyright © [ 無声慟哭 ] All Rights Reserved. http://asurablue.blog.shinobi.jp/ |