「――昇太郎ッ!」
酷く狼狽した様な声が聞こえ、修羅はただ、ゆっくりと視線を上げた。
人の二倍はあろうかと言う魔獣が、爛々と目を輝かせて跳躍し、重力に従って修羅へと迫る。修羅の視界は、醜い死神に塞がれた。
腐り切った色の歯茎が、鋭い牙が、剥き出しになって眼前に迫る。
死が手の届く位置にやってきているはずなのに、修羅は身動き一つ取らない。それどころか――構えを解き、刃を下ろした。どうせすぐに再生する、絶望にも似た事実を思い出しながら、牙を待つ。
――瞬間、銀色の突風が吹いて。
目の前を覆う闇が、二つに切り裂かれた。
魔獣が切り裂かれた隙間に見えたのは、飄々とした神の、常ならぬ表情で。
それを認めて、修羅は微笑した。幼く無垢な、全てを受け容れる赤子の如き微笑。
魔獣が、崩折れる。神は着地して、刀をモップに仕舞った。
「――馬鹿が。何笑ってんだよ」
そして憮然とそう言うから、修羅は更に笑う。
「お前にしては珍しいのぉ、そないな顔して」
「俺が? どんな顔したってんだよ」
「えらく必死そうじゃったぞ」
神は一度舌を打ち、
「……残念だったな。神は死なねェ。『必死』なんてあるはずもねェだろうが」
地面に転がったフィルムを拾った。手の中で一度くるりと回してから、修羅へと投げ、踵を返す。修羅はそれを難なく受け止めて、神に並んで歩き出した。
「知っとるわ。じゃけぇ珍しい言うたんじゃろが」
「……そんな笑う様な顔してたかよ」
髪を掻き混ぜて、ぽつりと呟く。
魔獣の牙を目前にしながらただ立ち尽くしていた修羅を見て、一も二も無く飛び出していた。馬鹿が、とも、どうせアイツは再生するから、とも考える余裕はなかった。ただがむしゃらに飛び込んで、魔獣を切り裂いた隙間から修羅の微笑を認め、怒りよりも先に安堵していた。――そんな自分に気付いて、何か、無性に腹立たしくなったけれど。
「いや、違う。面白かったんやない。――……なあ、何で俺を助けたん?」
きっと答えを知っているだろうに、修羅はそう問うた。神は小さく俯いて、言葉を捜す。
死なせたくなかった?
否。
「――死なれちゃ後味悪いんだよ」
精一杯の虚勢。それに気付いたかは解らないが、修羅は声を上げて笑い出した。
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