或る戦地での邂逅 美しい。 白金が舞い交う砂塵の中で翻り、その軌跡を追って暗銀の刃が煌めいた。黒と銀とを身に纏った、眼にも目映い戦装束の偉丈夫が手にした刀を振り抜く。剥き出しの肩に浮かぶ白銀の刺青が、身体の動きに合わせて躍る、その様も燃える焔の様であり、この眼を惹き付けてやまない。 迫る銀色を青龍で受け止め、身を捻って振り払う。鋼と鋼が噛み合う、いびつな音が震えた。 刃を弾かれ、互いに一歩飛び退く。 猛々しい色を帯びた眼を細めて、偉丈夫がくつりと笑んだ。虎が獲物を見定めた時の表情に似て、忌々しい、と小さく舌を打つ。 醒めた視線で言葉を引き出してやれば、それさえも愉しそうに笑って口を開く。 「……そなた、血を何処に棄ててきた」 放つ声すら、低く煌めく鋼の色だ。 問いが示す意味を悟り切れず、一瞬呆けた顔を晒して仕舞う。その隙に打ち込まれる刃を、一合、受け止めて弾く。あまりに唐突で、あまりにふざけた問いに、此処が戦場であると言う事も忘れる所であった。 「何の話だ」 不機嫌を隠さず問い返せば、華やかな容貌によく似合う、鮮やかな笑みを咲かせる。思わず見とれる己を叱咤し、青龍を翻して肉迫する。 どんな状況下においても――譬えそれが戦場の中であっても、優雅な物腰を崩さぬ男だ。高慢な態度と堂々たる物言いは気高さの裏返しであり、或る者は畏れ、或る者は敬い、或る者は敵意を抱く。まさに、生まれながらにして人の上に立つ男だ。 自分の様な、ただ在り続けるだけの者とは全く違う。 「惚けるな。そなたには循環を感ぜられぬ。巡りも、流れも何もない。人の身としてその様な事が――」 続けられた台詞に、意識を戦場へと引き戻された。青龍を地上近くで振るえば、軽やかに跳躍して躱される。回転した弾みで落ちてくる刃を避け、その鳩尾へと柄を叩き込んだ。 不意に、何もかもが可笑しくなって唇が緩む。 「見えぬのか」 この男には全てが見えている。 だが、何も視えていないのだろう。 「……?」 「私の身の内に流るる心が」 案の定叩き込んだ柄が男に触れる事は無く、後に体重を掛け、一度大きく青龍で薙いだ。砂塵と生温い風が、刃の軌跡に切り裂かれて啼き叫ぶ。 停滞した存在だと、男は言う。そして、己自身もそれを理解している。巡る輪廻の外側に弾かれて、ただ其処に停滞し続けるだけの存在。 ――それを、数度刃を交えただけで見出したこの男に、純粋な感嘆を覚えた。だが、 「譬え身体の時が停滞しようとも、移ろう人の情までは棄てておらぬぞ」 暗に『人ではない』と言われた事は、あまり喜ばしいものではない。 背後へ退いて青龍を躱しながらも、男は猛虎の如き眼を丸くする。しかし直ぐに褐色の肌に笑みを浮かべ、二本の曲刀を己の顔の前で交差させた。 「……そうか。俺の目が曇っているだけであったな」 指摘され、素直に己の非を認める。 高慢な態度に似合わぬ殊勝さに、思わず毒気を殺がれてしまった。風の様にしなやかで、砂よりも掴めぬ男だ。そこまで考えて、そう言えば珂沙の都も砂漠と風に覆われていたな、と独りで納得する。 気を取り直して、手の中で遊ばせた青龍を突き出すようにして構えた。 「構わぬ。何もかもを見透かされては敵わぬ故」 他人に身の内まで踏み込まれるのは、むず痒くて仕方がない。 「つれない事を言うな。俺はそなたの事であれば全てを知りたいぞ」 「……その口を慎め、若虎が」 つらつらと繰り出される軽口に辟易して答えれば、華やかな笑い声と「それではまるでそなたが老いているようだ」と言う皮肉にもならぬ言葉が返った。 最早言葉は不要。 声を出す代わりに青龍をその大口へ突き付け、僅かに背の高い男を睨む。男は肩を竦め、しかし真摯な眼を此方へとくれる。それに満足して、振り降ろした青龍と男の刀とが噛み合う音を聴いた。 耳障りなその音さえも美しいと思えるのは、対峙するこの男の所為か。 翻る銀と黒とを睨みつけて、老いる事を知らぬ龍は漠然とそう考えた。 戦ってる相手はNPCです。何故こっちを視点にしたのだろう……。 PR Copyright © [ 無声慟哭 ] All Rights Reserved. http://asurablue.blog.shinobi.jp/ |