「……何なんだよ、いきなり?」
二つに分かれたモップの刃で重い剣撃を受け止めて、ミケランジェロは肩を竦めた。
異色両眼を剣呑に輝かせ、昇太郎は呟く。舞い散る花を眺める様な呑気さで、ぽつりと。
「――桜が、奇麗じゃ」
その顔には何の表情も浮かばないまま。整った貌は、能面の様。
強い力に、押し切られそうだった。ぎり、と煙草を噛んで、ミケランジェロは退いた片足に力を込める。
普段とは違うその様子に、ミケランジェロは背筋が寒くなる様な感覚を覚えた。
「……だからって、いきなり斬りかかる理由にはならねェだろ。何だ、桜の狂気に中てられた剣客か、お前は?」
修羅は緩く目を閉じて何かを考えていたようだが、やがて瞼を開き、
「……そうかも、知れんな」
に、と笑みを浮かべた。
ぼうわりと発光する桜に照らされ、灰銀の瞳が淡い紫を帯びる。その色を綺麗だ、などと思う辺り、自分も充分桜に中てられているのだろう。思わず、自嘲めいた笑みが零れる。
修羅が、刃の潰れた刀を退いた。
ミケランジェロが安堵したのもつかの間、昇太郎が二撃目を放つ。
空を穿つ、鋭い突き。
紙一重で躱したミケランジェロは、薄い笑みを浮かべる昇太郎を睨みつけた。神が気付かぬ内に、修羅の左手は細身の剣を抜いている。
続けざまに放たれる突きを避けながら、紫の瞳を細めて、茫洋と昇太郎を見つめる。
修羅の口元に浮かぶのは、明らかな笑み。だがその異色両眼に宿るのは、殺意とも敵意とも呼べない、しかし殺伐とした色。例えて言うなら、それは諦観、それは絶望。
ぼうやりと考えて、銀色の神は口端を吊り上げた。
絶望? 有り得ない。
それは、最もこの男から遠い言葉だ。憎悪よりも、猜疑よりも。重い運命を、全てを受け容れて尚笑い続けるこの修羅に、そんな言葉は似合わない。
刀を強く握り直し、修羅の剣を弾く。鈍い衝撃が、刀を握る右手に伝わった。
軽く飛んで後退した昇太郎を一瞥し、咥えていた煙草を投げ捨てる。左手に持っていたモップも桜の根元に放ると、紫の瞳を再び修羅へと向けた。
舞い散る花弁が、二人の足元に落ちた。未だ肌寒くもある風が、吹き抜ける。
ミケランジェロは一つ首を振って、地面を、蹴った。低い姿勢のまま間合いを詰め、身を捻る様にして刃を振り抜く。
弾くか、躱すか。昇太郎がどちらの行動を取ったとしても、二撃目を避ける事は難しくなるだろう。そう考えて、仕掛けた攻撃。
しかし、昇太郎は――ただ、嬉しそうに笑うだけだった。何の動作も取らない。その瞳からは、絶望の色も、諦観の色も、消えている。
その無垢な笑顔に、ミケランジェロは思わず安堵して――刀を退くのを、忘れた。
飛び散る、赤い色。
「――ッ!!?」
BGM:DOES「三月」
桜花絢爛のイベピンが格好良すぎた勢いで書いて、そのまま放置してあった奴。……ホントはこの先も続いていたのですが、オチが見えなくなったので切りました。バトルシーンは描くの楽しいけど難しいです。好きだけど。
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